CPM2マスターコースを学んだ受講生からの感想7

クリエイティブパワーメソッドを本格的に学んでいるマスターコース在籍中の方の感想をお届けいたします。養成講座は3ヶ月~6ヶ月続きますがCPM2の学習を終えるとだんだん錯覚から抜け出していき、CPM3で相対性理論や量子論など物理学を学びながら”思考が現実化する仕組み”を学んでいきます。 いままでわかりづらかった潜在意識の世界を毎日の課題をこなしながらeラーニングシステムでじっくりと学んでいきます。

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▼CPM2を学んだ受講生からの感想(47)

 

◆CPM2を終わった受講生からの感想

100%自分原因説を学び始める前の私は、家庭内の問題や、自分自身の悩み・生き方など、いろいろなことで苦しみもがいていました。
カウンセリングを何年も受けていて、ヒーリングを受けたり、スピリチュアルな本を読んでみたり、占いなどに頼ることもしばしばでした。しかし、自分がいい方へ変わるとか、幸せになったとかの変化は全くありませんでした。

暗闇から抜け出したくて、自分がその時々に気になったものに頼りましたが、いつも、期待外れに終わっていました。根本的な悩みの解決までには、至りませんでした。
ただ、引き寄せの法則や、潜在意識のことは知りたいと常に思っていました。

そんな時に、マリアさんのブログに出会い、夢中になって今までの記事を拝見しました。100%自分原因説のことを知り、今までにない期待感に胸が膨らみました。私のハートが、喜んでいるのを感じました。
すぐに、テキストCPM1を購入して、本を開いたときに最初に目に飛び込んできたのは、“あなたは存在しているだけですばらしい”という一文でした。
嬉しくなりました。

テキストCPM1を読んで、「人=自分」ということを知ると、人に会うのが
億劫ではなくなっていました。むしろ、喜んで会いに行きました。
また、アングリーワークでは、自分の思考や行動をふり返るキッカケとなり、自分の行動を改めると、周りが変わるのを実際に経験しました。
そして、「うれしい、楽しい!」と思っていると、嬉しいことがあったり、
反対に、イラついていたりすると嫌なことがあって、本当にそうなるんだなーと実感しました。しかし、100%自分原因説のことは、まだまだわからないことばかりで、いつのまにかテキストを読まなくなっていました。

CPMマスターコースを受講し始めてから、いろいろなことを学んでいくうちに、CPMテキスト1をまた読みたいという気持ちになりました。読み始めると、とても深い内容だということに改めて気づきました。また、以前より大分理解できるようになっていました。
CPMマスターコース受講前の私は、日々の生活に張り合いがなく、また体調の悪さから寝込むことが度々ありましたが、マスターコースが始まると、
学べる喜びからか、起きていられるようになりました。

テキストCPM2で、「周りの人を考える場合は、自分の取り残された幼い
思考を考えるべきである」と教わると、自分の意識が変わるようになりました。相手にイラつくことがあっても、「自分の姿を見せてくれているんだな・・・。」と客観的に、自分を見る余裕が出てきました。

また、ある出来事で落ち込んだりした時は、自分の抱えている問題までもが
意識に浮上して、ますます苦しくなっていましたが、その時に
「未来は流動的です」という、テキストCPM2の言葉が思い出され、励まされたような気になりました。
そして、すべての時間は、今の時の中に存在しているのだから、今という時を大事にすればいいんだと思うようになり、心が軽くなりました。

テキストCPM2の「周りの人の定義を変える」の所では、私の母親の定義を変えたところ、好きなことに夢中で、いつも楽しそうな母に変わりました。

また、「人生の根本の目的」の所では、今までずっと自分に問い続けてきた
「自分は、いったい何のために生まれてきたのか?」という明確な答えを受け取って、希望が湧いてくるのを感じました。
「私は、存在するだけで素晴らしいのだ」というメッセージに、今までにない
喜びと、未来への希望が湧いてきました。

“自分は、この世界に一人”なのだから、自分は本当に尊いのだと、心から
思えるようになりました。潜在意識は一人称でしか考えられないというのも、100%自分原因説で納得がいきました。
色々なことがわかるようになってきて、嬉しく思いました。

“自分の現実は幻である”ということも、最初は、正直信じ難いものでした。
納得できない自分がいました。
しかし、自分の現実は、不確かなものであり、自分の思考が創り出しているということが理解できると、自分の抱えている問題や悩みは、錯覚であるということも腑に落ちてきました。
実際やってみたアングリーワークや、やり直しワークで、自分の周りが変わったことからも、このことを理解することができました。
また、ネガティブな気持ちの切り替えも、以前はなかなか出来ないでいましたが、じっくりとその気持ちに浸って、その思いを認めて、
“自分がどうなりたいか?”ということを考えて、
こんなふうになりたいと思って決めると、実際に行動ができ、
その落ち込みから脱出することができるようになりました。

CPM2を学び始めて、イメージノートに、自分の思考を書き出していましたが、最初の頃は、それらの中で、同じパターンを見つけることや、
思考の修正の仕方など、どうしたらいいのかわからなくて悩んでいました。
しかし、CPM2の学びが終わる頃には、わかるようになっていました。
「いろいろと学んできているのだから、焦る必要はないんだな、わかる時が
必ず来るんだな・・・」と、思えるようになりました。

これからも、潜在意識からのメッセージを受け取って、自分の人生を取り戻し
幸せな人生にしていきたいと思っています。

 

▼CPM2を学んだ受講生からの感想(48)

 

◆CPM2を終わった受講生からの感想Sさん 

テキスト1、2を学習してみて


2012年5月のゴールデンウィークにテキスト1を購入し、7月2日からテキスト2を学び始めました。テキストを購入する前から『思考は現実化する』ということを知っているつもりでした。そして、いろいろな自分の思考が現実化している実感もしていましたが、なんとなく納得いかないことや、よく理解できないこともたくさんありました。
自分の人生に満足し、毎日それなりに楽しんでいたのですが、もう少し良くしたい思いと、母が私が結婚を考えている彼に対して私にはふさわしくないと思っていることを変えたくてマスターコースを始めました。

最初は、もっと自分の思考と向き合う機会が、もっと課題を通してあるのかと思っていましたが、徹底的に理論を勉強する中で、よく『思考が現実化するのだから、思考を潜在意識に送り出しなさい』という夢を課題の前半(空間の辺りがテーマのとき)は良くみていました。
私は何でも読むことによって『わかっている風』になることが多く、理論としては理解できていても、実生活の中に落としこめる感覚が少ない感じが前半はしておりました。
夢に『思考を潜在意識に送り出しなさい』と言われなくなったころ、自分が分裂していく感じがすごくありました。例えば今までだったら『遊びに行きたい自分』と『体力的に、金銭的に行かないほうがいいと思っている自分』ともう一人の自分の意見といった感じで、常に2-3人の意見が自分の中にはあるのを実感していたのですが、CPMの理論が自分の中に入れば入るほど、より今の現状や自分が意識的に考えていることに対しての自分の意見が、2-3人よりもどんどん増えて、すごく自分が自分であって自分で無いような感じがした時期がありました。人数が増えた中の一人は『思考が現実化したからあなたのせいよ』とか『そんな思考送っちゃっていいの?』というような声が良く聞こえていました。この時期は少し居心地が悪い感じがしました。それも数日すると、居心地の悪さは抜けてきました。

以前は、すごく何事も自分を正当化しようとしていたことがあるとき気づきました。何でも、もっともらしいことを言って、あたかも正当で、合理的な理由を述べ自分の耳の痛いことは見てみぬフリをしていました。それに気づいたことにより、今は『何でも人のせいにしないキャンペーン』を自分の中でしています。

今までは、見てみぬフリ、くさいものにはふたをするといった感じのことが異常なほど私は、すごく上手にできていたので、私は『大丈夫』と思い込んでいたように思います。耳の痛いことは聞きたくないし、聞かない。私は大丈夫だから、幸せだから、生きずらいなんて思ったこと無いから大丈夫とものすごく正当化していました。
今は、そんなふうに正当化していましたが、反省すべきところはいろいろあり、思考と向き合うことにより、宣言したり、感謝したり、修正をしたりすることによって身が軽くなってきている感じがします。

また、CPM1では毎日お金のワークのイメージングをしつつも、『海全体のお金が私のものになるんだとしたら、何で私はこんなにお金がたまらないの?』とお金に対して、『自分はお金が足りない、たまらない』の思考がまったく抜けていなかったのですが、やればやるほど、『私に必要だけあるから心配は無用』と少しづつ心から思えるようになってきている気がします。前はやりくりするために計算機片手にいろいろ月の出費などを真剣に計算し一喜一憂していたのですが、最近はなんだかんだ言ってなんとなくうまく回っている感じがするので、以前ほどあたふたすることが、お金に対してしなくなりました。

また、遅れがちだった学会の年会費なども請求されてすぐ払えるようになり、母に借りていたお金も一気に返済できたり、分割にしていた講座費(教育費)も全て支払い終わったりと、お金に対する肩の荷が下りてきている感じがしています。そして、以前よりも若干高いものを買うことに対する罪悪感や不安感がなくなってきています。

これからは、住みたいところに家を建てて二世帯住宅として住むイメージをしていきます。
以前は、母に対しては、以前は『何でそんなこと言うの?』と反抗的な面もあったのですが、CPM2が自然に自分の中に落とし込まれてきてから、母に対する怒りやむかつきがかなり減りました。母の気持ちもわかるし、そして、その母を創り出したのも自分なんだな~とたまに思ったりしています。そして、母に対して感謝の気持ちと愛情、愛着をすごく感じる日々です。

人の定義を変えるというところで、具体的に実践し始めたのは母に対してと、彼に対してでした。母に対しては、『結婚や恋愛に肝要で母はいつも多彩で、親身になっていろいろ応援してくれ、私を認めてくれる社交的な人。恋愛に対しても協力的で、私の選ぶ人を喜んで受け入れ、認め、私の選ぶ人とも仲良くなり、結婚に協力的な人』と定義しました。そして母は、私に対してだけでなく、一般的に人の婚期などにプレッシャーをかけることも無ければ、おせっかいを言ったりすることも無いんですが、あるとき突然、私の友達と私のいとこを会わせたら意外といいのでは?と言い出しました。今まで、人の恋愛や、結婚にまったく興味を示していなかった母なので、彼女のその言葉にはすごく驚きましたが、少しづつ変化があることを感じました。また、少し前に『あなたが結婚する前に、あなたに喪服(和服)を作りたいの』といってくれ、来週作りに行くことになりました。彼女の中でも少しづつ結婚に関して寛容になっているような気がしました。

また、彼に対しては『いつも、心が広く何でも受け止めてくれる温和な人。思慮深く、賢く、バイタリティーがあり、チャレンジ精神旺盛な頼れる人。コミュニケーションにもたけていて、いろいろなことを報告、連絡、相談をしてくれるので、お互いの心中や、状況をいつもわかりあい、お互い切磋琢磨できる相手。』という定義にしました。もともと、彼はほうれんそう(報告、相談、連絡)が少なくすれ違うことが多々あったので苛立ったり腹立てたりしている自分がいたので、コミュニケーションに長けていて、ほうれんそうができ、お互いの心や状況を分かり合えるという定義に変えました。実際彼には私の怒りをぶつけたこともあるのですが、すこ~~~~しづつですが、以前と比べると連絡が増えてきてコミュニケーションの質が深まっている気がします。

二人の変化によって、こんなに早く効果があるのかと怖くなる瞬間もありました。そして、この思考を送り続けて新しいものを受け入れる準備が実は出来てないのでは?と不安に思う瞬間もありました。でも、私にとっては、意識的に思考している新しい思考のほうが必要なものなのを自分の中で納得しようとしたりしていくうちに、怖さや不安はなくなりました。ときどき『これでいいの?』『これが私が願ったことなの?』という葛藤や自問自答をすることがありますが、それも私にとって大切な思考が現実化した現象なのだろうと今これを書きながら思いました。

最後に、実は5月の下旬からずっと今も百日咳にかかり、その間仕事にいけない、何も出来ないという期間がトータルすると1ヶ月近くありました。その中で、元気があるときはCPMの課題をしたりしていました。思考が現実化するなら、私のこの病気も私の思考が現実化したものだと思う日と、あまりに具合悪くて意識的にいろいろ考えられない両方の期間がありました。そして、私は病気にならないと休めない、休みたいけど休みたいといえない思考が病気になったんだろうな~と思い、私なりに自宅療養している時間を今振り返ってみると有意義に過ごした気がします。自宅療養しているときは、だんだんマイナス思考になり、仕事も全てやめたくなることもありましたが、今は自分の環境に感謝できていますし、休みたいという思考を現実化してくれた潜在意識にも感謝しています。
ただ、私だけでなく、母も、彼も、そしてほとんど風邪すらひかない健康な父も、次々に最近具合悪くなってしまっているので、なぜこれが起きたかはこれから探求するつもりでいます。

CPMを知る前と後で明らかに違うのは自分が自分でより受け入れることが出来るようになった気がします。今まではいいことだけを受け入れていましたが、合理化してしまう自分、いい人でいたい自分、怠惰な自分、ずるい思考がある自分がいることを受け止めれるようになってきました。そしてその思考と向き合えば向き合うほど体軽くなる感じがしています。
全て幻想だと思えば、何も怖いことも無く、恐れることも無く、ただ現実を見つめ修正していけば自分が望む世界は手に入るということを言葉だけではなくすこしづつ体で感じることができてきています。
これから、スムーズに母にも父にも祝福され、自信を持って結婚できるように思考を送り出したいとおもっていますが、その前に少し自分自身でもっともっと修正したいところがあるので、取り組んで生きたいと思っています。

 

▼CPM2を学んだ受講生からの感想(49)

 

◆CPM2を終わった受講生からの感想

*CMP2を終わっての感想

私は、(ほかで)自分原因のカウンセリングを受けたことがあります。
私もカウンセラーの資格を取得していますが、「はたしてひとり立ちしてカウンセラーとしてやっていけるのか?」「わたしはうつ病の人を治すことができるのか?」
という考えあり、どうしても自信を持って前に進むことができませんでした。
そんな中、自分原因で人生をひっくり返し、それをブログにUPしていたら、相談をされることが増え、それに答えていくうちにカウンセラーになった方をインターネットの中で見つけたのです。
「どうしてカウンセラーになれたの?」「どうしてそんなに自信があるの」
どうしても知りたくて、(他の自分原因のカウンセラーに)会いに行きました。
思考が現実化する。ということはその時点である程度理解できていました。
実際その日は、雪が見たいなぁと思っていたら雪が降り、この新幹線に乗るとカウンセリングの時間には少し早く着いてしまうなぁと考えていたら、雪の影響で新幹線が遅れて、開始時間ぎりぎりに到着という事態になったりしました。

そして、実際の(ほかの自分原因の)カウンセリングを受けて、思考を探っている時に「えぇこんなこと?!」
と思わず口に出てしまいました。
私は単純に「えぇこんなことが原因なの?」という思いだったのですが、カウンセラーの方は自分の発言が信じてもらえないと感じたらしく、それを境に(後から思うと)「この場で感情が出ないなんておかしい」「普通これを聞いたら他の人は涙を流すはず」と私を攻撃し始めたのです。
「??自分原因を教えている人が何で攻撃をするの???」
でも、これも私に原因があるのよね?!
半分納得、後の半分はなぜ?と解りませんでした。
しかし、CPM2を終えてみてやはり全てが自分原因なのですね。という想いです。
CPN1・2のすべてが理解できたわけではありません。
正直なところまだまだ、納得できていない個所がたくさんあります。
ただ、本当に自分は甘えているのだ。とつくづく感じました。
自分に自信がないと言って、ただ単に楽に生きたいだけなのだ。
自分で責任を取らずにいる。だから怠けているように見える人や自分の事で精いっぱいの人を周りに創っている。
前出のカウンセラーに関しても、私自身が自分に自信がないから、「自分の発言が間違っている、何で理解できないの?」と攻撃する人を創り出していたのですね。
自分の中に、これほどかというくらい幼い思考が残っていることに気づけたのは、
自分の思考を観察するようになったからだと思います。
そして、周りの人を変えてみるという課題では、本当にその人が変わっていきました。
とにかく、同僚・上司にお茶を出すのが嫌い。
お客様がお帰りになった後片付けをするのも嫌い。
私の事も嫌い。
という女性でした。
それが、みずから率先して後片付けをするのです。
本当にビックリしました。
私にもにこやかに笑いかけるのです。
今までだったら、顔も見ずに言いたい事を乱暴な口調で話して離れて行ったのですが、
私が「見直しておきますね」というと「お願いします」と言い、さらには「鼠という漢字は難しいですね」(店舗の殺虫・殺鼠に関する請求書の件で話していたので)と笑いながら一言を付け加えて席に戻っていったのです。
自分の思考を変えると本当に人は変わるんだ。と実感した出来事でした。
これからも、周りの変化を楽しみながらCPMを実践していきたいと思っています。

 

▼CPM2を学んだ受講生からの感想(50)

 

◆CPM2を終わった受講生からの感想Sさん 

CPM1.2を終えて


CPMを学ぶ前の私はどうして自分ばかりがこんなめに遭うのか、なぜ同じようなことばかり繰り返してしまうのか、前世で何をしたのか、こんな目に遭うのはすべてあいつのせいだと被害意識全開でした。
以前は傲慢でわがままで人を見下して、他人のせいにして生きてきました。
占い、パワースポット、風水、パワーストーンとあらゆるものに頼り、かなりの時間とお金を費やしてきました。
一時的によくなったように見えても、根本的には何一つ変わっておらず結局また同じことの繰り返し。外にばかり答えを求めて自分の中に答えがあるとはこれっぽっちも思っていませんでした。

CPMを申し込んだとき、なんだかとてもほっとし、これから起こる周りの変化、そして何よりも自分がどのように変わっていくのかワクワクして仕方なかったのを覚えています。
明らかに相手が悪いように見えてもすべて自分が原因。周りの人はすべて自分。

最初はなかなか受け入れられませんでした。
それでも、アングリーワークを淡々とこなすうえで「これはあのときの私だ。これは昨日の私。」と信じられるような現実が起こる。ほんものだ!と思いました。

一瞬一瞬とんでもなくブラックな思考ばかりしている自分に疲れて、またこんなこと思ってしまった。まただーと反省して落胆して疲れてしまった時期もありました。

私の考えたことが現実になるならば悪い思考は絶対送り出してはならないんだ!と思い込んだからです。嫌な思考を送り出す自分を責めて、そんな自分を素晴らしいとは到底思えず、また自分を責めるの繰り返し。
ほんとうは思考にいい、悪いもなく私が「~でなければならない」と思い込んだだけで、どちらも自分なのだからそんな自分も認めてあげることが大切なのだ。
どんな風に思考を選んでも自由だし、今のままの自分をそのまま肯定してあげることが大切。そんな風に思えるようになったのはつい最近のことです。

少しずつ錯覚が取れてきた今なら私はほんとうに素晴らしい。そして周りの人もみんな素晴らしいのだと心の底から思えます。
自分の思い通りにいかないことがあるとすぐ怒って、一日中怒ってばかりいた私が、今では自分の中のどの思考が原因なのかを探り感謝し、手放すことができるようになっています。
アングリ―ワークがとても順調なのです。
今では自分の思考を探り、自分の手の中に取り戻し修正していく作業が楽しくて仕方ありません。

周りの人をすべて足して自分。
そう思うと周りのひとすべてが愛おしくてしかたないです。
以前私は父親とあまり仲が良くなかったのですがそう思い込んでいただけで、今は感謝と尊敬の気持ちしかなく、心から大切な人だと思えるようになりました。
やり直しワークで過去を何度もやり直す上で、もう何十年も前の古い記憶がやっと解放されたとばかりに成仏してくれました。
自分の中の父親という定義にあてはまらないので父を見下し続けてきたのだと分かったときほんとうに申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
家族のために定年まで働き、経済面でも精神面でも支え続けてくれた父親を今まで大事にしてこなかった分、しっかり恩返ししたいと思っています。

また、職場の人間関係も非常によくなり、誰かと愚痴を言う無駄な時間はなくなり、仕事に没頭できるようになりました。
連絡が途絶えていた人と昔のような関係に戻ったり、難病を抱えていた親せきが奇跡のように回復したり、私自身も扁桃腺炎と長らくつきあってきましたが一週間寝込むこということが少なくなりました。
復縁したい彼と昔のように連絡が取れるようになり、私が乗る電車は遅れることがなくなり、座れる確率も高くなりました。
周りからも「いつも生き生きしている」とか「理想の人です」と褒められることが多くなりました。

私の思考を変えただけで、こんなにも周りが変わり環境が変わり、私自身も誰かと比べて自信をなくすことはなくなってきました。
私自身が受け入れることさえなければ、他人のどんな言葉も影響されなくていいのだということ。
私がこの世界で思考できる唯一の存在なのだと学んだときは目の前にパーッと明るい光がさしたようでした。
完璧などない。今自分がここに存在している。それだけでもうすでに素晴らしいのだということ。今、ここにいるだけで最高に素晴らしく必要な存在なのだと実感することで心の奥のほうからじわーっとした暖かい何かを感じることができます。

思い込みからくる同じパターンの法則を解除さえすれば望み通りの人生を自分で創っていけると分かった今では何も怖いものなどありません。

思考を修正し、新しい思考をどんどん送り出すために今私は無我夢中です。
ヘブンワークで自分の人生の目的を知ることが出来たので、潜在意識と協調性を保って二人三脚で新しい素晴らしい人生を歩んでいこうと思います。
CPMを学んで、ほんとうによかった!!
心の底から安定しています。

 

▼CPM2を学んだ受講生からの感想(51)

 

◆CPM2を終わった受講生からの感想

CPM1とCPM2を終えて
 ようやくCPM2の終了レポートを書くところまできました。
 マリア先生のブログに偶然出会えてからまだ8カ月ほどしか経っていませんが、これほど夢中になれる、そして、驚くほどの刺激を受け続ける日々が送れるとは思ってもいませんでした。
 まだCPM3も始まっていませんが、今はもう「2」が終わってしまうことが寂しくてたまりません。

 寝る時間も惜しいほど毎日むさぼるようにテキストを繰り返し読み、何度もテストをしてみて、提出課題に真剣に取り組んで、と、これほど無我夢中に、ワクワクしながら取り組んだのは大学時代の勉強以来です。次の課題が来るのがとにかく待ち遠しくて、何度もパソコンを開き、届いたらすぐに取り組む日々でした。


 CPMを受講しようと思ったきっかけは、何と言ってもマリア先生のブログに魅せられ、もっともっとマリア先生のもとで学びたいと熱望したからですが、自分自身について言えば、人間関係が全くうまくいかなくなり、仕事もやめたくてたまらず、自分も肯定できず、と、不満や怒りや失望に満ち、鬱々とした毎日からとにかく脱却したかったからです。

 以前から「潜在意識」や「引き寄せの法則」にはとても興味があり、これまでにもさまざまな本を読んだり、ブログを見たりしていました。でも、どれも読んだ当初は気持が高揚し、希望がわいてくるのですが、そのうちにやはり、代わり映えのしない現実に飲み込まれて失望し、また次の指針を探して、本やブログをあてもなく探し続けるという日々の繰り返しでした。


 ところが、マリア先生のブログだけは違っていました。
 読み進めていくうちに「これは今までとは何か違う」と感じ、それから毎日夢中で今までのブログをさかのぼって読み続けました。
それでも、「100%自分原因説」という考え方に初めは戸惑い、「望まない現実も全て私自身が作り出した」という事実をどうしても受け入れられずにいました。そのことに向き合うことが苦しくて、それが腑に落ちなければ「思考の現実化」を本当に信じることはできない、ということがわかってもなかなか自分の中に「100%自分原因説」を落としこめなかったように思います。

しかし、やはりマリア先生のブログに魅了される気持ちは増すばかりで、「これを自分のものにしない限り、私はきっと変われないだろう」と感じ、毎日とにかくブログを読み続けました。
読んでいくうち、日に日に「自分には絶対この考えが必要だ」という確信が強まり、それにともなって、次第に「すべては自分の思考から生まれたもの」という考えが、ぼんやりとではありますが、理解できるようになってきました。


もっと詳しく「100%自分原因説」を知りたいと思い、まずテキストを購入することにしました。ただ、振り返ってみると、「1」のテキストを購入するときは、購入するかどうかずいぶん迷ったような気がします。

お金のことはほとんど気にならなかったのですが、買おうと決断するまでにはかなり時間がかかりました。でもいざテキストを手に入れてみると、もうあっという間にテキストの虜になりました。自宅のパソコンにも職場で使うUSBにも入れ、少し時間があればとにかくテキストが読みたくて、夢中でパソコンに向かっていました。この頃から少しずつ私の毎日は変わっていったように思います。


そのうち、「CPMマスターコース」のことを知り、これも早速申し込むことにしました。この時は、「CPM1」の時に比べ、購入への迷いはほとんどありませんでした。
金額で考えれば、「1」より「2」の方がはるかに躊躇しそうなのに、
「2」については、知ってすぐ申し込み、始まるのが待ちきれないほど、とにかくワクワクしました。「1」を読み続ける中で、「100%自分原因説」が少しずつ自分の中に浸透していったのだと思います。

「マスターコース」は、「自分」や「周りの人」、「現実」や「過去」について、「1」よりさらに根源的に説明されており、一つ一つが今までの私の常識を覆すものばかりで、テーマによっては一度読んだだけではうまく理解できず、何度も読み直したりもしました。
しかし、そうやってテキストとじっくり向き合う日々を過ごす中で、自分の身に起こることや周りの状況がみるみる変わっていったのです。

変化はまずとても分かりやすい形で現われてきました。
電車やバスやお店で、どれほど混んでいても必ず座れるようになり、長年悩んできた便秘が嘘のようになくなり、いつも時間に遅れ気味だったのに、いつでもきちんと間に合うようになり、小さい頃から苦手(だと思ってきた)だった片付けが得意になりました。

また、欲しいと思って買おうとしたものが売り切れて買えなかったりすることがよくあるのですが、それは大抵しばらくすると「やっぱり買わなくてよかった」と思うものになっていたりします。(→他のお店のバーゲンでもっと安く売り出されていたり、別の品物でもっと欲しいものが見つかったり)逆に、欲しいと思ったものが、買いに行った時にちょうど値下げされていたり、そのお店のプラスポイントなどのキャンペーン期間にあたっていてお得に手に入れられたりもします。


先日は、携帯が壊れてしまい、新しい機種で欲しいモデルを見つけたもののすでに全国で完売し、再製造の予定なしということで落胆していました。それをたまたま職場で隣の席の同僚に話したところ、新古品を安く買えるお店を紹介してくれ、無事にそのモデルを手に入れることができました。


そして、最近本当に「奇跡だ!」と感じたことがあります。
私には大好きな俳優さんがいて、その方が主演される舞台をどうしても観たかったのですが、チケットはあっという間に完売して手に入らず、ショックで呆然としていました。

それが2週間程前、何気なくその舞台のホームページを開き、チケットの状況を見ていたら、なぜか私が行ける日にキャンセルが出ており、そして何とその席は最前列でした!

想像を絶する展開に、チケットの予約をしながらキーボードを打つ手が震えて止まりませんでした。
発売は2カ月も前で、しかも即日完売のチケットだっただけに、今でもなぜあんなことが起こったのか分かりません。でも本当にあの時は感動で胸が震えました。


CPM「1」と「2」を学ぶようになってからの様々な出来事を一言でまとめるならば、「心に浮かべたことがどんなこともあっという間に実現するようになった」ということかもしれません。

もちろん、良いことも悪いことも全て、です。
例えば、誰かの噂話をしているといつもその人が側にいたりひょっこり現れたりしますし、人間関係でも仕事でも「こういう時ってこんな風になるんだよなぁ」と想像(心配)したことは大抵その通り現実になってしまいます。

また、不安に思ったり、誰かに腹をたてたり何かに不満を持ったりすると、そのマイナスの思いに引き寄せられるように、ほどなくして望まない出来事が起こったりします。

これまで、『引き寄せの法則』や『思考は現実化する!』などの書籍を読みあさっていた時は、思いつきで何か願ってみても一向に現実化せず、逆にうんざりするような嫌な出来事が次々起こる現状に「やっぱり思考が現実化するなんてまやかしだ」と、ため息をついていました。


でも、CPMを学んでやっと、私自身のその疑念がこそがその通りの現実を作りだしたのだということに気付けました。

「思考が現実化する」ということは、「叶って欲しい願望を思えば、それが現実化する」ということだけを指すのではなく、「心に描いたことは“全て”現実になる」という意味なのだ、ということに今更ながら気付き、本当に目からうろこが落ちる思いでした。


そこに気がついてみると、確かに今までの私の望まない現実は、それより前のどこかの時点で、他でもない私自身が考えたことでした。そのことを直接考えたということばかりではなく、やはり自分の中のマイナスの思いがそれに同調する出来事を引き寄せていたのだと思います。そうなると、怒りやねたみや不安や心配を心に抱くことがどれほど自分のためにならない、無意味なことであるか分かります。

「CPM1」でまず最も強く印象に残ったのは「同じパターンの法則」です。
具体例となっているのは自分ではないかと思ってしまうほど、そこで説明されていたのは自分の姿そのものでした。私も昔から同性異性問わず「仲良くなった人とはきまってどこかでうまくいかなくなってしまう」パターンを繰り返してきました。

「CPM」を学ぶ前からそのことは薄々感じていましたが、それでもその原因については「自分は人づきあいに向いていないんだ」とか「小さい頃からの親との関係のトラウマから人と仲良くなるのが怖いんだ」などと考えるばかりで、根本的に原因を突き止めてこのパターンから脱却しようとはせず、いつも自分自身の生み出した現実から逃げてきました。

ですから、この「パターン」も全て自分が作り出したのだと認めることはとても苦しくて、今思えば望まない現実だったからこそ、自分の思考が原因だと突き付けられることは痛くてたまらなかったのだと思います。けれども、もがきながらもそのことを自分で受け入れていく中で、本当に少しずつ自分を取り巻く現実が変わってきました。

考えてみれば、自分が原因であるということは、自分の思考さえ修正できれば全てが変わるということなのですね。
まだワークも始めたばかりでうまく修正出来ていないパターンや過去がありますが、「100パーセント自分原因説」の意味する内容が分かってからは毎日の出来事への自分の意識が文字通り一変しました。

「CPM2」で初めに大きなインパクトがあったのは、「思考のピンポン玉」の話です。
“自分はこの世界における唯一の思考する存在”ということにも驚きましたが、“周りの人は全て、私が表現していない私の思考が投影されたもの”という説明には衝撃を受けました。
でもそう考えてみると確かに思い当たる事ばかりで、ここ数年どうしても許せないと思って私が内心怒りや不満を溜めていた職場の同僚のその許せない部分はまさに私の中に同じようにあるもので、場所や相手が変わると同じことを自分がしていることに気付いて、その時には正直慄然としました。

その同僚のことは本当に腹が立っていて、昨年はそばにいるだけで怒りがこみあげていました。そのせいなのか、その頃は仕事でもプライベートでも嫌なことがたくさん起こり、このままではうつ病になるかもしれないと思うほど悩む日々でした。

でも、その同僚がまさか自分の思考の表現者だったなんて、思わず絶句しました。
そもそも「CPM」を始める少し前から仕事を辞めたいと本気で考えていて、その思いが引き寄せたかのように自分の周りの人に対して嫌なところばかりが目につき、職場ではいつも鬱々とした思いを抱えていました。
けれども、その「嫌なところ」は全て自分の思考の現れなのだと知り、身が縮む思いがしています。実はこのことはテキストの「1・2」を読んでいる時には気付けていなかったのですが、「2」の最後の課題の「同じパターンの法則」について書いている時に気付いてしまいました。
そして、いやでもそのことを納得しなければいけないほど、最近ではこれでもかという位自分の中にあった望まない思考が様々な人の姿で私の前に現れています。
その最たる人は、私の母です。

母は私の小さい頃から祖母(母にとって姑)を嫌悪しており、私はずっと母から祖母と父の妹(叔母)の悪口を聞かされ続けてきました。また、母はとにかく好き嫌いが激しく身勝手なところがあり、気に入らないことがあると誰かれ構わず無視したり攻撃したり、また何でも自分の思い通りにならないと気が済まないところがありました。
幼い時からその母の姿を間近で見て来た私は、常に母の顔色をうかがっていて、いつ突然虫の居所が悪くなるか分からない母の機嫌に常におびえていました。母の気に入るように自分を偽って行動してきたことも何度もあります。
そんな母との関係が自分の中でトラウマになっていると思い、それがゆえに人とはうまく付き合えないし、人とずっと仲良くすることもできない自分なのだとずっと思ってきました。
その意味では母をずっと憎んできたのかもしれません。
そのくせ、兄妹の中でも人一倍母に愛されたかったのも私でした。

しかし、「CPM2」を学んで、私をずっと支配してきたと思っていた母は、他でもない私自身の思考の現れなのだと初めて知ったのです。それは本当に衝撃的な事実でした。
実はこのことを心から納得できたのは、ついこの2日ほどです。
数日前仕事の出張中、同僚の先生2人と話していた中で、私はある同僚の批判を延々としていました。そして言いながらまたはっと「それ(←同僚について批判した部分)はまさに自分のことではないか」と気付き、内心赤面しました。私がいろいろな批判や悪口を言っている間、同僚たちからは何度もたしなめられていました。

そして何か気に食わないことがあり、一緒にいた同僚の一人に対し、私は露骨に不快感を表し、その人を無視してしまいました。

その無視した思考は、出張から帰宅したその日に思いがけない形で現実化しました。
職場の先輩から家に電話がかかってきて、私宛に匿名の手紙が職場に届き、私が関わっている人を陥れようとする内容が書かれていると言われたのです。
思わず青ざめた私でしたが、すぐに「私が今日あの人を無視して傷つけたからだ」と思い当たり、がく然としました。
匿名の手紙が届いたことなど、10年間勤務していて初めてでした。

そして帰宅してから数日、母がまた祖母や叔母の悪口を言い続け、父を罵倒し、無視しました。
その母の姿に心から怒りを覚えながら、ふと「これはまさに数日前の自分の姿ではないか」と気付かされてしまったのです。
今までずっと母の幼く傲慢な部分を嫌悪し、自分がうまくいかないのは全て母のせいなのだと憤り続けてきました。でもそうではないのだと初めて気付いてしまったのです。


母は私の思考をそのまま表現しているにすぎなかったのです。
胸が痛くなるほどの気付きでしたが、「母のせいで私はこうなっている」と自分の思考から逃げ続けた人生からようやく脱却できた瞬間でもありました。

今は母に対し、望む定義を送り続けながら、自分の思考を探り、望まない同じパターンと心にひっかかっている過去の修正に取り組んでいます。修正を実感できる時が今から楽しみです。

けれども、私にとって「CPM1・2」を学んできての一番大きな変化は、妹との関係です。
私は物心ついた時から妹をずっといじめ続けてきました。何が気に食わないのかも分からず、とにかく記憶としてさかのぼれる時にはすでに妹をいじめていました。母との関係におけるストレスを妹で発散していると自分では思っていた気がします。
「妹は嫌い」と言ってはばからなかった時さえあります。
その私が「CPM2」を始めるにあたっての動機のところで「妹との関係性をやり直したい」と書いていました。書きながら自分でも驚いたのですが、でも書いてみるとそれは間違いなく本心だとも気付きました。
その妹との関係は、「CPM」を学ぶうちに徐々に良くなっていきました。一つには私自身が変わってきたからだと思いますが、妹と仲良くいられることがこれほど幸せなことだとは思いませんでした。出来ることなら今までの人生をやり直したいとまで思うようになっていました。
ところがそんな中、先日妹と大喧嘩をしました。私が言った一言が妹の心を痛めつけたからなのですが、今までほぼ私にやられっぱなしだった妹が初めて向かってきて、これまでで最大というほどのひどい喧嘩になりました。


その時は心底妹に腹が立った私でしたが、翌日には「取り返しがつかないことをした」という悔恨でいっぱいになりました。もう妹とは永遠に戻れないだろうという思いから胸がかきむしられるような気持ちでした。

そしてたまたま入った喫茶店でお茶を飲み、よく見ているある人のブログをぼんやりと眺めていました。するとふと見たページに、「取り戻せないと思っている過去について」というタイトルの記事があり、その人のメッセージがありました。「まずは無条件で自分の過去とその時の自分を認めて欲しい」というくだりから始まるその人の言葉に胸がつまり、思わず泣きそうになりました。
その時、突然、私の好きな俳優さんが歌う歌がお店に流れたのです。
「泣かないで。僕がそばにいる。」という内容のその歌を聴き、もう涙が止まりませんでした。
そのお店にはしょっちゅう行っていますが、その人の歌が流れたのは初めてです。
その夜、テレビではあるアニメ映画が放映されていました。幼い姉妹が主人公の話で、妹を一生懸命守っていつも妹のことを大切にしている姉の姿がそこにはありました。その映画は今まで幾度も観てきたのに、その夜はその姉の姿にどうしようもないほど心を揺さぶられ、一人で号泣し続けました。

そして、次の日、出掛けていた妹が帰ってきて、私は今までのことを必死に謝りました。妹は黙って聴いていて、私に想いの丈を全て話してくれました。

今は妹のことを本当に大切に思っています。
あのブログも音楽も映画も、全て潜在意識からのプレゼントだったとしか思えません。

 何だか取りとめもないことを漫然と書き連ねてしまいましたが、今心にあるのは、とにかくマリア先生と「CPM」への感謝の思いのみです。
 私にとってマリア先生と「CPM」との出会いはこれ以上ないほどの幸せでした。
 始まれば終わりがくることを思うと、「3」が始まることが少し怖くもありますが、それでもやっぱり早く「3」をひもときたいです。そして、願わくばマリア先生からメールセッションを受けられたら嬉しいです。
 読んでくださってありがとうございました。「3」でもどうぞよろしくお願いいたします。

 

▼CPM2を学んだ受講生からの感想(52)

 

◆CPM2を終わった受講生からの感想

 学習を始める前もこういう世界の事は知っていて、実践していた部分もありましたし、多少なりともわかっていたつもりではありました。本を読んだり、セミナーに行ってはその気になり、いつのまにか挫折し、その繰り返しであった気がします。ひとつひとつは蓄積されてはいたと思いますが、なかなか自分のこころに触れることが出来ないフラストレーションのようなものはありました。

 CPMに惹かれたところは、数ヶ月間、自宅で、提出課題をこなしながら学んでいくという点です。本は何回か読んだら終わり、セミナーは参加したら終わり。けれどこれなら数ヶ月という長いペースで自分と向き合える。これで駄目ならきっと自分はスピリチュアルに逃げているだけだとわかるな、と思って始めました。
 書き出すにつれ、正直、スピリチュアルに逃げていたことがわかりました。
 肝心なところで、耳心地の良い言葉に逃げて、それを批判していた事にも気付きました。自分は自分にもっとしっかりと向き合って欲しいと思っていることに驚くとともに感動もしました。

 学習を進めながら、パターンを書き出して『感じては分析』を繰り返したり、パターンが浮かばない時はひたすらつらつらとフレーズを書き出しました。分からない時はテキストを何度も読み直しました。
 行き詰った時は思い切って止めてみました。すると、たまたま目についたものに打開のヒントがよくありました。そういうものに出会うと、このまま進んで良いんだと勇気がわきました。

 紙と鉛筆が絶対的な味方になることは心強いです。何かあっても「書き出せばいいや」と思えるだけで心の余裕になります。
 私の場合、いくつかのパターンが同じ結論を導き出していました。なので「またハマってるな」と思うと、パターンを書いた紙を取り出し、どこにいるかを確認して、それを修正する決意を心が落ち着くまで送ります。最近は、またこれにハマってたのね、ナシナシでおしまいになるようになってきました。
 自分が変わってきた感じがあるとすれば、言葉と態度を冷静に見てる自分がいるというところかもしれません。

 前は思ったことを口に出したり態度に出してお仕舞い、でしたが、口に出したこと、態度、感じ、それらを観察してる自分がいて「あ、こういうように思っているんだ」「あ、こういう感じを選択してるんだ」とかなり意識的に思えるようになりました。
 どっぷり感情や感覚に浸った時は抜け出すまで、紙にとにかくフレーズだけでも文字を書きなぐると、すっと本当のコアの部分が見えてきて、普通の感じに戻れるようになりました。
 前の習慣に戻りそうになっても、学習をすること、提出課題を書くこと(人に読んでもらえるように書くこと)は、自分の刺激になり、錯覚脱却の道へと戻ることが出来ました。
 今、自分で変わって一番驚いていることがあるとすれば、自分の写真を部屋に飾ることが自然にできたことです。写真を撮られる事や飾る事に、嫌悪感があったのにいつのまにか消えていました。なぜ嫌だったのかわかるのですが、絵空事のように思えます。
 主人と自分撮りをした写真という、何とも以前の私なら唾棄していたようなものです。
 主人と笑いながら「これを見てると自然と笑いが出てくるわー」と言いながら写真を眺めているのは、何とも不思議です。

 また、主人にあまり内容を言わず「会社の不満でも書き出して寝たら」と言うと、素直に応じてくれました。そして書き出して寝た日はすぐに入眠できて、朝の目覚めも良い!と自発的にしてくれるようになりました。そしてしっかり書き出した日、主人は歯軋りをせずに寝ます!これは私も驚きました。人はどれだけ腹に何かを溜めてしまうのかと思うと、私も書き出しがますます日課になりました。

 友人の愚痴の相手をしても、同意することもなくなりました。今までは「○○よりもマシ」「○○なんか~」など自分や他人を下に置いて相手を持ち上げたり、愚痴をいっぱい引き出していました。今は「書き出すとスッキリするよ」とできるだけフラットな気分になるような話題に持っていけるようになりました。そして、その愚痴を持ちかけられた事も書き出します。すると友人から「状況が良くなった!」と連絡があります。いままでは愚痴の続きの連絡だったのに。こんな些細な事ですが、とても嬉しくなります。
 学習を初めてから、トラブルに見舞われました。ひたすらパターンを探して、修正して、探して修正して、そんなことを繰り返していると「いかに自分が今の状況を作っているか」「いかにトラブルを人のせいにしてきたか」がわかって、痛くて痛くて、それにまた愕然としました。

 けれど「人のせい」をなかなかやめることができない自分もいました。「それが楽だ」「そこにいれば人と批判できる」もう出てくる出てくる真っ黒い自分。
 自分が主体(発信)の事柄であれば(例えば自分が担当の仕事)、発揮できる「自分が責任者」という覚悟は、自分が主体で決めた事ではないと思った瞬間、関係ないと思ってしまい、自分を傍観者・被害者・批評家・批判家にしてしまう。

 CPMで少しずつちゃんと理解できていることは「すべての主体者は自分」であるということ。これは頭ではわかっていたようで、感情では全然わかっていなかったです。これが腹に落ちると世界がとても身近に感じてきました。まだまだ習慣化まで行っていませんが、焦らずに自分ものにしたいと思っています。

 CPMは家庭内でも平和に貢献していると思います。まず言いたいことがあれば、まだ小さい不満の時にまず書き出すからです。相手に言うまでに、態度に出る前に書き出します。すると大きな不満に育つことがありません。相手の愚痴に付き合う事もあまりいい感じではないと思えるので、いちいち反応しなくなりました。その代わり、その状況に対しての書き出しをします。
 我が家は随分前に、朝の情報番組を止めています。理由は朝から文句を言いたくなるからです。家庭内でも同じことを自分が起こしていることに気付きました。思わず文句を言いたくなることよりも、思わずぷっと笑ってしまうことを話せる自分になろうと思えます。
 CPMの本領は同じパターンを見つけ修正することにあるのかもしれませんが、毎日書き出すだけで(我が家では『寝る前の三分間書き出し』と言って楽しんでいます)、不思議と良い方向に状況がまわりだすのは本当にびっくりします。

 相手に言いたいことは、自分に言いたいこと。ここをしっかり抑えていれば、頭の中でもさっと処理できるようになりました。
 そしてやっぱり、無意識にどれだけ自分が頭の中のテレビを付けっぱなしにしてるか。。。それにはいつも驚きます。このテレビのリモコンをしっかり自分で持てるようになるまで、まだかかりそうですが、楽しんでやっていきたいと思っています。

 

 

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これから100%自分原因説を学ばれる方へのメッセージ

◆マスターコース受講生より(47)

 

◆これから100%自分原因説を学ばれる方へのメッセージ

◇これからCPMを学ぶ方へ

文字通り「人生を変える」プログラムだと思います。「引き寄せの法則」や「潜在意識」について人より強く関心を持ち、多くの書籍を読んだ方であればある程、このプログラムから得られる感動や気付き、実際にもたらされる奇跡は大きいはずです。「CPM」を学んでいくと日一日と自分の周りの全ての人や出来事の全てがいとおしくてたまらなくなると思います。何より自分という存在に夢中になっていくはずです。毎日が奇跡の連続になっていきます。
この「プログラム」との出会いこそ、私の人生がくれた最大最高のプレゼントだと確信を持って言えます。

 

◆マスターコース受講生より(48)

 

◆これから100%自分原因説を学ばれる方へのメッセージ

もし迷っているのなら、飛び込んでみることをお薦めしたいです。参加型のセミナーに参加するよりも、毎日、数ヶ月、コツコツとテキストを読みながら、書き出しながら、課題を提出しながら、自分を振り返りながら取り組むほうが、錯覚を少しずつでも確実に取ることができると思うからです。
 私は「自己責任」という言う言葉聞くと、胃が重く、胃が痛く、頭の芯を誰かにひっぱられ、胸をどんと叩かれるような緊張を覚えます。
 なのでCPM2を終えても「自分原因」と言われても「それはそうだろうけど」「でも」と反論を覚えることがあります。けれど、確実に前よりもその感覚は薄くなっています。
 CPMでいう「自分原因」は「自分の中に全ての創造エネルギーがある」という意味だと強く感じることができるからです。すべてを作っている、だから、自分原因なんだと。
 私はCPM2の申し込みと一緒にCPM1を始めました。
 わからないところは何度でも気が済むまで読みました。、戻ったり進んだりしながらも進めるといろいろなことが見えてきて、テキストは同じなのに、全然印象が違うテキストになっていると感じることもよくあります。
 学んでいると、理屈じゃない感情も沢山でてきます。これらをずっと抱えていたことに気づく事、そして、それらを手放すと決める事、全てが自由で、自分が選択権を持っているということを自然と理解できてきます。
 既存価値観が一枚一枚剥がれ落ちる感じは、ぱっと視界が開き、全く違う世界が広がっていることに気付いた驚きです。世界は広がるけれど、世界は身近になる。今までは世界は狭くて遠いように思えていたので、その反対に感じることが多くなりました。
 CPMを学んでいると「自分の中に全ての創造エネルギーがある」ということは、自分を知ることであり、自分を信じることであり、自分を愛することだと、感じます。
 もっとこの気持ちを自分も習慣にできるように、学習を進めたいと思います。

 

◆マスターコース受講生より(49)

  

◆これから100%自分原因説を学ばれる方へのメッセージ

 

 [メッセージ]
100%自分原因説と言う言葉に惹かれて、その先を深く知りたいと思う人たちの多くは、「今が満たされていなかったり」、「何か問題を抱えていたり」、「自分には可能性があってもっと良くなれる」とか言うように達成願望が強い人たちではないかと思います。潜在能力に不可能はないので、使いこなせれば100%悩みは解決できます。しかし、潜在意識に届かなければその力も発揮できませんから、そのためには正しく理解する必要があります。CPMでは潜在意識について丁寧に解りやすく解説されています。私はCPMを学ぶことで他の書籍などで理解できなかったことが、解るようになりました。勉強して本当に良かったと思っています。

 

 

◆マスターコース受講生より(50)

 

◆これから100%自分原因説を学ばれる方へのメッセージ

100%自分原因説は、潜在意識のことや思考の現実化が、このメソッドで
深く理解できるようになります。クリアになってきます。
このメソッドを活かせるようになると、自分や周りが変わってきます。

100%自分原因説を学び始める前の私は、悩みや問題を抱えて苦しんでいましたが、学んでいる今は、心の変化が起きて、希望を持てるようになりました。
また、不安な気持ちが、不思議となくなっていることにも気づきました。
そして、CPMマスターコースで学び始めると、CPMテキスト1の理解が深まり、思考の修正ややり直しワークがスムーズにできるようにもなってきました。
この幸せになるメソッドを、ぜひとも皆さんに学んでほしいと思っています。

 

◆マスターコース受講生より(51)

 

◆これから100%自分原因説を学ばれる方へのメッセージ

私はほんっとに自分自身のどん底見てきました。
どうしようもないくらいに、自分の創り出した現実から目をそむけ、そして、逃げてきました。本当にどうしようもない私でした。だから、正直、あなたに伝えてあげられることは、成果も出せてないし、ここが変わったから、すごくこのセッションいいよとか、このセッションは間違いないよ!とか確信めいたこと、あなたが聞きたいようなこと、伝えてあげられないかもしれません。

でも、今、伝えることができないと決めたら、きっと、このままずっと、伝えることができる日は来ないと思うし、それは100%自分原因説を学んできた以上、痛感していることです。いつかできるかもしれない、成果が出せれば相手に伝えることができるかもしれないというのも私自身が創り出した思い込みだし、錯覚です。だから、私は今の私に伝えられることを、感じている今の私の感情をあなたに伝えさせてもらいたいと思います。

このセッションに対して私が感じていることは、現実を見れば、嫌でも自分自身が送り出している、自分がほんっとうに信じている思考がわかることを伝えてくれます。
そして、自分自身が望んでいることと、まったく反対の現実が創り出されているときに、何に立ち返ったらいいのかを知るすべを提供してくれます。

目の前にある現実は誰かから創り出されたものではなく、
すべて、自分自身の思考から成り立っているということを、しっかりと提示してくれます。
そのために、この100%自分原因説のテキストがあるし、それをしっかりと理解するためのセッションやワークが用意されています。

このすべを知ることによって、自分自身が創りだした現実であるということを自覚することができると同時に、自分が創り出した現実なのであるから、自分自身が望む現実を創り出すことも可能であるということを知ることができます。

誰かのせいにしたり、生い立ちのせいにしたり、自分がおかれた環境のせいにしたり、はたまた何か違う世界の存在のせいにしたりして、誰かに責任を転嫁することがなくなります。もちろん、自分自身が創り出したのですから、自分自身の責任となるのですが、でも、自分自身を責める必要もありません。誰も悪くない、誰かが責任を負わなくてはならないというわけではないのです。ただ、自分自身が創りだした子をしっかりと受け止め、抱きしめ、認める。その作業を行っていくことがベースとなっています。それを認めることは確かに苦しいです。今までは自分以外の何かのせいにしていればよかったのです。逃げていられれば良かったんのですから。そして、何より、苦しい現実を自分自身が創りだしていたなんて、こんなに苦しくて困っているのに、どうして私が創り出したなんて言えるのかって思うことは当然だと思います。あなたの気持ちはものすごくわかります。でも、やっぱり自分自身が創りだしているのです。そして、それを心の底から認めることができたとき、あなたの現実は大きく動き出します。そして、あなたの現実はがらりと変わるのです。

まだその一過程にいる私なので、私の願望も交じっていますが、でも、そのことを私は確信しています。

私もあなたと同じ人間です。だから、ものすごくあなたの気持ちがわかります。

でも、一緒に、こうして、自分自身が送り出した思考によって創造された現実がある以上、私たちに備わっている潜在意識を信じて、その力を信じて、それを望む現実に変えていきませんか?

変えていけるように一緒にここいらで、今の自分自身の思考を確認する旅に、人生を変える旅に出てみませんか?

 

◆マスターコース受講生より(52)

◆これから100%自分原因説を学ばれる方へのメッセージ

マリアさんのブログだけでも沢山ワークもあるし、説明も丁寧だから100%自分原因説を生活に取り入れることも十分可能だと思います。でも私はこの考え方がすごく大好きで自分を幸せにするものだと思ったのでこの100%自分原因説の考えや常識を自分の人生を生きていく上での常識にしたいと強く思いました。なので、こころの底からしっかり理解したくてマスターコースを申し込みました。まだまだ理解の段階は浅いと思いますが、CPM2まで終えた時点でもブログとCPM1だけ読んで理解していた時よりは深く自分に入ってきています。

だから現実化のスピードが上がった感じがします。本当に不思議な世界ですが、不思議でフワフワしてるだけでなくバッチリ現実の幸せがついてくるのでブログやテキストを読んでワクワクした方は是非もう少し勉強されてみてはどうかなと思います。お金の心配が出てきたら、マリアさんのお金のワークをしっかりするとお金感覚が本当に変わります!本当に2週間も続けたら変わりました!自分の思考をコントロールする方法を知って幸せな思考を送れる人でいっぱいの世界になると嬉しいです。

 

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